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【完全解説】プレゼンティーズムの測定方法と選び方:健康経営を加速させるデータとは?
目次
プレゼンティーズムの測定方法と選び方:健康経営を加速させるデータとは?

本記事では、プレゼンティーズムとは何かという基本から、具体的な測定方法、そして健康経営を推進する上での測定方法の選び方を徹底解説します。
見えない生産性損失「プレゼンティーズム」とは?
「なんとなく調子が悪い」「集中力が続かない」「会社に出勤したけれど、仕事が手につかない」――。このような経験は、誰しも一度はしたことがあるのではないでしょうか。従業員が出勤しているにもかかわらず、心身の健康上の問題が原因でパフォーマンスが低下している状態。これが、今回焦点を当てる「プレゼンティーズム/プレゼンティーイズム(Presenteeism)」です。
プレゼンティーズムは、欠勤を表す「アブセンティーズム(Absenteeism)」と対比される概念です。アブセンティーズムは、病気や怪我による休業のため「従業員がいない」ことで生産性が失われる状態であり、その損失は比較的明確に数値化できます。しかし、プレゼンティーズムは「従業員がそこにいる」ため、その損失が見えにくく、経営者や管理職がその影響を正確に把握することは困難でした。
しかし近年、この見えない損失が企業の生産性や経済に与える影響は、アブセンティーズムをはるかに上回るとの認識が広まっています。例えば、米国の研究では、プレゼンティーズムによる生産性損失は、アブセンティーズムの数倍に及ぶと報告されています。日本においても、経済産業省が推進する「健康経営」の中で、プレゼンティーズムの改善が重要なテーマとして位置づけられています。
健康経営を実践し、従業員が最大限のパフォーマンスを発揮できる職場環境を構築するためには、まずこのプレゼンティーズムの現状を正確に把握し、課題を可視化することが不可欠です。本記事では、そのための具体的なプレゼンティーズム測定方法の種類、それぞれのメリット・デメリットを詳細に解説し、特に「客観的な指標」の重要性について深く掘り下げていきます。
なぜ今、プレゼンティーズム測定が企業に求められるのか?

プレゼンティーズムの測定は、単なる従業員の健康状態チェックにとどまりません。企業の持続的な成長と競争力強化に直結する、戦略的な経営施策の一環として捉えるべき重要なプロセスです。
企業が抱える損失:見えないコストの実態
プレゼンティーズムが企業にもたらす損失は多岐にわたります。
- 生産性の低下: 集中力不足、作業スピードの鈍化、ミスの増加、判断力の低下などにより、一人ひとりの業務遂行能力が低下します。これにより、プロジェクトの遅延、品質の劣化、顧客満足度の低下といった具体的な問題に発展する可能性があります。
- 従業員の負担増大: 一部の従業員のパフォーマンスが低下すると、他の従業員がその分の業務をカバーすることになり、健全な従業員にまで過剰な負担がかかる可能性があります。これは、さらなるプレゼンティーズムやアブセンティーズムの増加に繋がりかねない悪循環を生みます。
- 経済的損失: これらの生産性低下は、結果的に企業の売上減少やコスト増加を招きます。例えば、日本におけるある調査では、プレゼンティーズムによる一人当たりの年間損失額が数万円から数十万円に及ぶと推計されており、従業員数が多ければ多いほど、その総額は膨大なものとなります。この「見えないコスト」は、企業の利益を静かに蝕んでいるのです。
健康経営への貢献:データに基づく意思決定
「健康経営」とは、従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略的に実践する経営手法です。従業員の健康は単なる福利厚生ではなく、生産性向上や企業価値向上に直結する「投資」であるという考え方に基づいています。
プレゼンティーズムの測定は、この健康経営の具体的な推進に不可欠な役割を果たします。
- 現状把握と課題の可視化: 測定結果は、従業員の健康状態がどの程度業務に影響を与えているかを数値で示します。これにより、どの部署、どの年齢層、あるいはどのような健康問題がプレゼンティーズムに大きく影響しているのかといった課題を具体的に可視化できます。
- 施策の優先順位付けと効果測定: 測定データに基づき、健康施策(例:メンタルヘルス対策、生活習慣病予防、運動促進など)の優先順位を明確に設定できます。さらに、施策導入後に再度測定を行うことで、その施策がプレゼンティーズム改善にどの程度効果があったかを客観的に評価し、投資対効果(ROI)を算出することが可能になります。
- 経営層への説明責任の達成: 測定によって得られた客観的なデータは、健康投資の必要性やその効果を経営層に対して明確に説明するための強力な根拠となります。これにより、健康経営への理解を深め、継続的な投資を促進することができます。
プレゼンティーズム測定は、従業員の健康を守り、企業を強くする。その両方を実現するための、データドリブンな健康経営の第一歩なのです。
プレゼンティーズム測定方法の種類とそれぞれの特徴
プレゼンティーズムの測定方法は多岐にわたりますが、経済産業省の健康経営ガイドブックでも主要なものとして挙げられる以下の4つを中心に解説します。これらのツールは、それぞれ特徴と得意分野があり、自社の目的に合わせて選択することが重要です。
1. WHO-HPQ(世界保健機関 職場健康度・生産性質問票)
■概要:
WHO-HPQ(WHO Health and Work Performance Questionnaire)は、WHO で世界的に使用されている「WHO 健康と労働パフォーマンスに関する質問紙(ハーバードメディカルスクール作成)」を用い、3 つの設問で評価します。得点方法は、①絶対的プレゼンティーイズムと②相対的プレゼンティーイズムの 2 つの方法で表示されます。
■優れている点:
・汎用性と国際実績: 世界中の国・地域で利用実績があります。
・無料利用: 無料で利用できます。
2. SPQ 東大 1項目版(Single-item Presenteeism Question)
■概要:
簡易な 1 つの設問により、回答者が自分のパフォーマンスを振り返り、プレゼンティーイズムを測定することが可能な評価尺度。平成 27 年度健康寿命延伸産業創出推進事業「東京大学ワーキング」にて開発された尺度です。
■優れている点:
・回答負担が小さい: 質問が1項目のみであるため、従業員の回答負担が最も小さく、短時間で実施できます。
・無料利用: 無料で利用できます。
3. WLQ-J(Work Limitations Questionnaire-Japan)
■概要:
WLQ(Work Limitations Questionnaire、タフツ大学医学部作成)の日本語版。全 25 問の質問項目からなり、4 つの尺度(「時間管理」5 問、「身体活動」6 問、「集中力・対人関係」9 問、「仕事の結果」5 問)で構成されています。回答は、体調不良によって職務が遂行できなかった時間の割合や頻度を5 段階、及び「私の仕事にはあてはまらない」から選択します。
■優れている点:
・客観性の高い評価: 自己記入式でありながら、25問・4つの尺度で具体的な業務への影響を確認するため、評価の客観性が高くなります。
・疾患との関連性:特定の健康課題や疾病に対して、従業員への施策を検討しやすいデータが得られます。
4. WFun(Work Functioning Impairment Scale)
■概要:
WFun(Work Functioning Impairment Scale)とは、産業医科大学で開発された、健康問題による労働機能障害の程度を測定するための調査票です。7 つの設問を聴取し、合計得点(7~35 点)で点数化します。点数が高い方が、労働機能障害の程度が大きいことを示します。日本における先行研究の結果から、21 点以上が中程度以上の労働機能障害があると判断できます。
■優れている点:
・客観性の高い評価: 自己記入式でありながら、7問の合計点数によって、労働機能障害についての専門的かつ客観性の高い評価が可能です。
・水準の明確さ:職場での合理的配慮や、従業員の健康課題について、産業医・保健師などの専門家が介入する明確な指標となります。
5. QQmethod
■概要:
何らかの症状(健康問題)の有無を確認したうえで、「あり」の場合は 4 つの質問「仕事に一番影響をもたらしている健康問題は何か」 「この 3 か月間で何日間その症状があったか」「症状がない時に比べ、症状がある時はどの程度の仕事量になるか(10 段階評価)」「症状がない時に比べ、症状がある時はどの程度の仕事の質になるか(10 段階 評価)」を把握します。
■優れている点
・損失の算出:多くのプレゼンティーズム測定ツールと同様、主観的損失率を元に人的資本法(HCM)を用いることで金銭的損失額の算出ができます。
・質と量の分離:健常時と比較して質的、量的な損失割合をそれぞれ確認できます。
健康経営ガイドラインとプレゼンティーズム測定の推奨
経済産業省が推進する「健康経営」では、従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略的に実践する経営手法です。従業員の健康増進は企業価値向上に繋がるという考え方に基づき、プレゼンティーズム測定はこの健康経営を推進する上で不可欠な要素として位置づけられています。
- 健康投資管理会計ガイドライン: 健康経営への投資を可視化し、その効果を評価するための指針として、経済産業省から「健康投資管理会計ガイドライン」が公表されています。このガイドラインでは、プレゼンティーズムの指標を健康投資の効果を測る重要な要素の一つとして明確に位置づけています。具体的な数値目標の設定や、健康施策の費用対効果(ROI)を算出する上で、プレゼンティーズム測定の結果が活用されることが強く推奨されています。
- 健康経営度調査: 経済産業省と日本健康会議が共同で実施している「健康経営度調査」は、上場企業や大規模法人を対象に、健康経営の取り組み状況を評価するものです。この調査票には、プレゼンティーズムに関する設問が盛り込まれており、企業は自身の取り組み状況を評価し、改善に繋げることが求められています。特にSPQ 東大 1項目版は、この調査票の標準的な項目として採用されており、多くの企業が現状把握に活用しています。
- ガイドラインが示す方向性: これらのガイドラインや調査を通じて、単なる健康診断の実施だけでなく、従業員の「働きがい」や「生産性」に直結する健康課題を把握し、改善していくことの重要性が強調されています。そのためには、客観的かつ継続的に測定できるプレゼンティーズム指標の活用が不可欠であり、各企業は自社の目的や状況に合った適切な測定ツールを選ぶことが求められています。
職場改善とKPIとしてふさわしいプレゼンティーズム測定方法の選び方

企業の担当者としてプレゼンティーズム測定を検討する際、最も重要なのは「なぜ測定するのか」「測定結果をどのように活用したいのか」という目的を明確にすることです。特に、職場改善や健康経営のKPI(重要業績評価指標)として活用するならば、その測定方法は「客観性」と「実践性」を兼ね備えている必要があります。
1. 目的とKPIに合わせた選択の基準
- 現状の傾向確認が主目的の場合: まずは従業員全体の健康状態を把握し、プレゼンティーズムの規模感を掴みたい場合は、WHO-HPQやSPQ 東大 1項目版のような主観的で簡便なツールから始めるのも良いでしょう。手軽に導入でき、大まかな傾向を掴むことができます。
- 現状把握から具体的な施策立案・効果測定が目的の場合: 特定の健康課題に対する施策の効果を測りたい、あるいは職場環境の具体的な改善点を見つけたい場合は、より詳細で実践的な測定ツールが必要です。WLQ(WLQ-J)やWFunのように、業務への影響や疾患ごとの機能障害を具体的に評価できるツールが適しています。これらのツールは、測定結果が具体的な行動(例:特定の部署の業務改善、個別従業員へのフォロー、合理的配慮の検討)に繋がりやすいのが特徴です。
- 経営層への説明や健康投資のROI算出が目的の場合: 健康経営の推進には経営層の理解が不可欠です。そのためには、客観的で数値化しやすい指標を用いて、健康投資の効果を明確に説明できる必要があります。WLQ(WLQ-J)やQQmethodのように生産性損失を金額として算出できるツールは、客観的なKPI設定に適しており、経営層への説得力を高めます。
- 特定の疾患を抱える従業員への支援が目的の場合: 復職支援や治療と仕事の両立支援など、特定の疾患を持つ従業員へのきめ細やかなサポートを強化したい場合は、WFunのような疾患特異的な評価ツールが非常に有効です。医療専門家との連携も視野に入れ、個別のニーズに応じた具体的な支援策を構築できます。
2. 客観的な指標を選ぶことの重要性
プレゼンティーズム測定を単なる現状把握で終わらせず、具体的な改善行動と効果測定に繋げるためには、「客観的な指標」が重要です。
自己申告形式の質問票は手軽ですが、回答時の気分や状況、あるいは「サボっていると思われたくない」といった心理的要因(ソーシャルデスラビリティ・バイアス)によって、実際の状態と乖離した回答がなされる可能性があります。より具体的な業務内容や機能障害に焦点を当てた測定や、専門家による評価を取り入れることで、客観性を高めることができます。
- 施策の評価精度向上: 自己申告による主観的な指標は、施策導入前後の変化を正確に捉えにくい場合があります。一方、WLQ(WLQ-J)やWFunのように具体的な業務への影響や疾患の機能障害を測る指標は、施策の効果をより正確に数値として把握しやすくなります。これにより、効果のあった施策を継続・強化し、効果の薄い施策を見直すといった柔軟な対応が可能になります。
- 経営層への説得力: 健康投資の意思決定には、コストと効果の明確な説明が求められます。客観的なデータに基づく生産性損失額や改善効果は、経営層への強力な説得材料となり、継続的な健康経営への投資を促します。
- 従業員の納得感と公平性: 客観的なデータに基づいた施策は、従業員にとっても「なぜこの施策が必要なのか」「自身がどのように改善されているのか」を理解しやすくなります。これにより、施策への納得感や参加意欲を高め、公平な評価と支援にも繋がります。
継続的な改善サイクル: 客観的なKPIを設定することで、健康経営のPDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を効果的に回し、データに基づいた継続的な改善を実現し、より強固な健康経営体制を築くことができます。
まとめ:健康経営を推進する企業に求められる「客観的」測定の視点
プレゼンティーズムは、企業の生産性や従業員のウェルビーイングに多大な影響を与える「見えない損失」です。その現状を正確に把握し、効果的な健康経営施策に繋げるためには、適切な測定方法の選択が不可欠です。
単純に「プレゼンティーズムの測定」だけを目的とするだけであれば、SPQ 東大 1項目版が手軽ですが、特に健康経営のKPIとして活用し、具体的な職場改善や投資対効果を評価するためには、自己申告による主観的な評価だけでなく、より「客観的」で「実践的」な指標を選ぶことが重要となります。
WLQ(WLQ-J)やWFunのように具体的な業務や機能の影響を評価ツールは、まさにそうしたニーズに応えるものです。
これらの客観的なデータに基づいて施策を立案し、その効果を検証していくことで、企業は持続的な成長と、従業員が健康で活き活きと働ける職場環境の実現を両立できるでしょう。
貴社の健康経営をさらに一歩前進させるために、プレゼンティーズム測定の導入をぜひご検討ください。
