パートナー産業医の声 鈴木先生インタビュー

プロフィール

鈴木 英孝先生

  • 日本産業衛生学会指導医、社会医学系専門医協会指導医、労働衛生コンサルタント、日本医師会認定産業医
  • 産業医科大学医学部卒業
  • 2年間の臨床研修後に非鉄金属メーカーの産業医、米国石油メジャーのエクソンモービル社、Eコマースのアマゾンジャパンなどグローバル企業での産業保健活動を経て独立。2019年よりアッシュコンサルティングサービスの代表として産業保健のコンサルティングを展開。専門は職域の感染症管理、健康経営など。

今、企業は色々な課題を抱えていると思います。感染症対策、社会の変化も踏まえて、企業が取り組むべき課題についてお聞かせ下さい。

一つは、働く人の年齢が上がって来たことです。 60歳定年が延長され社員の年齢幅が広がると、健康上の課題を抱える社員が増えることがあります。
社員が健康的に働くための支援策を企業は考えなければなりません。これは社員と企業双方へのメリットがあります。社員としては企業の支援によって、高齢になっても活躍する場を得ることができます。企業としては健康な社員が増えることで、生産性の向上やポジティブな文化の形成が可能となります。逆に健康上の課題を抱えている社員に対しては業務上の配慮が必要になるので、社員が持っている本来のパフォーマンスを十分に引き出すことが難しくなってしまいます。多様な働き方が実現できるための仕組みづくりが必要になります。

二つ目は、健康経営です。 これまでは株価や商品、サービスなどで企業が評価されるのが当たり前でしたが、現在、健康にどれだけ配慮しているかという視点でも評価を受けるようになりました。同業他社との競争の中で優秀な学生を採用したい時に、健康経営銘柄等を取っている企業だったら、学生の印象は全然違ってきますからね。今はまだ企業間の取引にまでは、大きく影響していませんが、いずれは入札の基準等でも「健康という評価指標」が入ってくる可能性もありますので、健康経営の推進は企業にとって益々重要になってくると思います。

最後、三つ目は、新型コロナにより働き方が多様化し、在宅勤務がかなり加速しました。 突然新型コロナに背中を押され、仕方なく在宅勤務を始めたのが実状でしょう。企業は今後の在宅勤務をどのように展開するか色々悩んでいると思います。在宅勤務が適している業務がある一方で、在宅勤務に馴染みにくい業務もあります。一律に硬直的な在宅勤務を命じるのではなく、感染予防と業務効率の両立を目指すための工夫が大切になります。これまでの産業保健の手法を見直して、多様な働き方にも耐えうる産業保健体制を構築することが求められています。

新型コロナ対策では「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」の作成に取り組まれていましたね。

2019年の12月に中国で新型の肺炎が流行しているという情報が入りました。日本渡航医学会の産業保健委員会に所属していた関係で、中国へ渡航する方や中国に駐在している方達への支援をしなければという使命感から情報提供を開始しました。当時はこのような情報を発信する機関・団体がなかったので、たまたま我々が最初に行動を起こしただけです。その後、逐次情報をアップデートしながら、日本産業衛生学会とも連携して今日に至っています。

今、産業医に求められることは、どのような事でしょうか。

この数年で、産業医に求められることは明確になってきていると思います。

一つ目は、総合力です。 感染症対策が企業にとって重要な事だと分かったのは、今回の新型コロナが初めての経験ですよね。これまでは感染症に興味を持っていた産業医は一握りでした。健康診断を主軸として産業保健を進めるのが一般的なので、産業医のマインドは結構のんびりしていたわけです。臨床医は目の前の生命に関わるので、即判断が求められますが、産業医には即判断はあまり必要とされなかった。ところが、今回の新型コロナの流行では、即決即断が求められるようになった。今までは、「メンタル専門です」「糖尿病専門です」で良かったのですが、今はどんな事例にでも幅広く対応できる産業医が必要です。産業医すべてがコロナの専門家ではないですから、自分だけじゃなかなか答えがでない。専門家や諸機関とのネットワークを確保して、そのネットワークを使って必要な時に支援を得る。ネットワークを上手に利用できる、そういう総合力が期待されていると思います。

二つ目は、最初にも言いましたが、健康経営です。 法令の要求事項は増え続けています。その結果、産業医は社員に対する面接に多くの時間を費やすようになりました。さらに健康経営への参画も求められるようになりましたが、その時間をどこで確保するかが課題になります。時間に加えて人もお金も限られていますので、どこかを省略化しないといけません。すなわち業務プロセス自体を再構築する必要があるのです。社内のリソースだけでは限界がある。思い切ってここは外注化する、例えばEAPに頼むとかね。産業医の立場からしても、健康経営もやってくださいとなると業務が回らなくなってしまいます。一部のプロセスを外注化することで、健康経営に投入できる時間を確保する。健康経営を推進するためには、このようなことを企業に提案していくことも産業医に必要な役割だと思います。

三つ目は、課題を産業医自らが見つけて解決するための提言をすることです。 例えば、日々の産業保健活動が本当に効果があるのかを疑うことも必要です。1996年から健康診断の結果に基づく保健指導を実施されていますが、労働者の健診結果の有所見率は増加を続けています。これには何か根本的な制度上の問題があると考えるのが自然でしょう。社員のため、そして企業のために本当にメリットの感じられる活動なのか、私自身はかなり疑問に感じています。これは一つの例でしたが、課題の本質を探求して、それを解決していく活動こそ重要だと思います。産業医自らが課題を見つけて、解決するための提言を怠らないことです。いつでも相談してくださいね、という待ちの姿勢では、業務をこなすだけで1日が終わってしまいますから。

最後4つ目は、法令を遵守するだけではだめ、ということです。 1972年労働安全衛生法が制定された当時の産業別就労人口割合は、第二次産業が35%、第三次産業が55%位でした。現在は第二次産業が20%、第三次産業は70%位に増加しました。つまり、サービス業、IT、それ以外の業種である第三次産業がほぼ7割を占めるようになりました。このような大きな変化が起こっているので、労働安全衛生法は、第三次産業向けにリバイスされてはいますが、まだまだ追いついてないところがあります。これを踏まえると、法令に基づいた活動は最低限求められる活動と認識しなければなりません。社員の健康を確保するためには、法令に加えて、自主的な活動を推進することが今の企業には求められています。

当社との連携よるサービス提供についてお感じの点があればお聞かせください

良いところは、二つあります。

一つ目は、御社の専門職との適切な情報共有ができることです。クライアント企業との間の、情報共有の仕組みが構築されている点です。また面談対象者本人の同意、了承を得て面談を行っている、情報開示の範囲や対象者が明確であることは重要です。ここまで出来ているEAPは、これまであまり経験したことがありません。御社の専門職と産業保健スタッフは適切な距離を取り、しっかりとディスカッションをしながら、社員の支援ができることが強みだと感じていますし、産業医として私自身とても助かっています。

二点目は、今日もそうですけど、こんな形でコミュニケーションができることですね。 ざっくばらんに近況を聞いてもらえる機会を作っていただけるのは嬉しいですし、困っている事があったら気軽に相談できますから。以前、訪問を開始する際にも、ランチミーティングで顧客企業の状況やニーズに対する対応方針をディスカッションしたこともありましたしね。ああいう機会を設けていただけることは、ともてありがたく感じています。

その他、御社からサービス提供されているA社では、産業医科大学で開発されたプレゼンティーイズム測定ツール「WFun」(働く上でのお困りごと調査票)による取り組みがスタートしましたね。あれは面白い取り組みだと思います。WFunの調査を定期的に実施して、リスクが高い方に定期的に上司が面接を行い、必要なフォローを行うという仕組みには期待を寄せています。始まったばかりなので、効果の確認はこれからですが、どういうところを分析していったらよいかなど今後の御社との連携にも期待しています。

外部のEAP機関に対して期待することはありますか?

外部の立場から企業の課題を探り、それに対して解決策を提案することを期待しています。例えば、御社とA社さんみたいな関係で、ストレスチェックや健診結果など様々な情報をデータ化して、そのデータの活用も推進して、健康経営に利用することなどまさにそれだと思います。データを任意に取り出せることは、効率的かつとても便利な機能です。私も専属産業医の時はそうでしたが、企業の課題って、企業の中にいるとなかなか気づきにくいものです。ひと昔前から存在している業務プロセスに、いまさら疑問を挟むことは勇気が要ります。そのため外部からの視点はとても重要と考えています。また企業が新しく基幹システム(ERP)を導入するように、健康管理の運用を標準化したパッケージのようなサービスがあっても面白いと思います。そうすると人員や予算の必要数も考えやすいのではないかと。今目の前にある課題に対してコンサルティングするやり方もありますが、これまでの業務を一旦白紙にして考え直してみる。業務プロセスをパッケージに合わせるようなやり方が、今後は良いのかもしれないと思っています。そういう健康管理業務全体をパッケージ化して提供できるサービスを期待しています。

最後に、産業医をやっていて良かったことはどんなことでしょうか。

そうですね~対個人と対企業それぞれありますね。
対個人では、当時勤務していた事業所で昼休みにランニングしていた方が心肺停止となってしまい、蘇生して社会復帰をしたというケースを経験しました。倒れている人がいるということで駆けつけて、AEDで蘇生して、救急車呼んで、その後入院となりました。懸命なリハビリを経て復職することができましたが、軽度の高次脳機能障害は残りました。もう少し早く発見できたら、そこまでならなかったのかも知れません。人命救助に携わり社会復帰のお手伝いすることができたのは、とても感慨深い経験でした。
次に対企業のことです。一つは、経産省の健康経営銘柄制度が導入された初年度2015年に銘柄に認定されたことです。あの時は、産業保健部門として色々と取組んだので本当に嬉しかったですね。
二つ目は、日本政策投資銀行の健康経営格付けに応募して最高ランクを取得できたことです。企業も結構な優遇金利で融資が受けられた事で、社長含め、経営層はみんな大喜びでした。さらにアニュアルレポートにもそれが紹介され、企業価値の向上に貢献出来たと思っています。さらに健康の活動を、まるまる1ページくらい掲載していただけたので、産業医としてはとても嬉しかったですね。

お客さま企業と担当産業医の対談